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2010年7月 8日 (木)

構成角度で見る作品感想文2

引き続きクラブサンデーの読みきりカテゴリ内の『嗤う疫病神』の感想文です。

この作品では私の感じだと7ページから起承転結の「承」が始まる解釈なんですが、主人公が疫病神であるという設定を話し始めたり、友人がどうして瀕死の状況なのかの説明があったりと「承」ではなく「起」を連想させます。

ですので実際には「起承」でなく「承起承」の構成だったということになります。まぁ、11ページまでを「起」の解釈にしてもいいんですけどね。

そして12ページ以降の本格的な「承」として疫病神がヒロインの友人を助けてもいいけど、それには同等の対価を求めるもヒロインにとって匹敵するものはなく、友人の命は助けるがヒロインにとっての友人はいなくなるという条件が提示され、回想によるヒロインのキャラクター性が表現されます。

エリート家庭での不出来、学校でのいじめられっこなど、ヒロインは居場所のない「負」の塊としての人間性、そんななか手を差し伸べた友人が唯一の拠り所であるにもかかわらず自分にとってはそれを消失する絶望感を展開してていくわけですが、漫画ではこのようなキャラクター性の表現が重要要素の一つであろうと思っています。

ここら辺が各々のセンスによるところが強いと思うのであまりテキスト化にすることはないのですが18ページの1コマ目に絶望感を表す表現として背景・髪・顔一定面積にまで同一のノイズ的なトーンを貼りこむのは従来的にもあったんでしょうが、改めてこうして感想にしようとでもしなければ気づかず、結構気に入った効果なので似た描写をやることになれば参考にしたい効果の一つです。

今回はこんな感じです。ではまた次回~ ノシ

漫画考察 - 漫画の描き方を考える -

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